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全社を巻き込んだ「賞味期限延長」と「年月表示」プロジェクト
「賞味期限が何日までか分からなくなりました!」
2019年6月、カルビーの「ポテトチップス」製品の賞味期限表示は「年月日」から「年月」表示へ変わりました。
冒頭のお声は、変更当初に表示を見て驚いたお客様から「お客様相談室」へ寄せられたもの。普段からカルビー製品を手にしてくださっているお客様からすれば、突然の変更に戸惑いがあるのはごもっともなことかもしれません。
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賞味期限は4か月から「6か月」へ延長
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賞味期限は4か月から「6か月」へ延長
このとき、変更したのは賞味期限の表示だけではありません。
2019年から2023年の約4年をかけて、主力スナック製品の「賞味期限の長さ」自体を変えたのです。それにともなっての表示変更。
全社を巻き込んだ大掛かりなこのプロジェクトには、どんな背景があったのでしょうか。
今回は、2019年からプロジェクトのオーナーを担った大野憲一さんに、その立案から実現について、当時を振り返りながら話していただきました。
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大野 憲一(おおの けんいち)
カルビー株式会社 執行役員 次世代生産プロジェクト 本部長
1990年入社
2022年から「次世代生産プロジェクト」に携わり、最新鋭マザー工場「せとうち広島工場」稼働に向けて指揮を執る。
参考記事:https://note.calbee.jp/n/n968d6bbe9e45
「賞味期限延長プロジェクト」には、2018年にリーダーとして、2019年からはオーナーとして参画。
カルビーが賞味期限延長プロジェクトを発足したのは2014年。
当時の日本では、年間2,775万トンの食品廃棄物が大きな問題となっていました。そのうち、本来食べられるにもかかわらず廃棄されている食品、いわゆる食品ロスは年間なんと621万トン。その中で、取引先では製品の鮮度管理上の作業負荷の削減も求められていました。
食品ロス自体の削減と、関連する販売・流通面の課題解決に向けて、2014年にスタートした第1期賞味期限延長プロジェクトは、2017年には第2期へとつながっていきます。
「出来るかな」の第1期
ー第1期発足当時の様子を教えてください。
大野:第1期は研究開発部門が中心となり、可能性を探るところからスタートしました。賞味期限を延長するためには、関連する法律の規準をクリアにしなくてはいけません。
実際、私たちの製品でいつまで延長できるのか?延長するためにはどのような問題があるのか?など、課題の洗い出しから始めました。
賞味期限を設定するには、様々な品質検査を実施することが必要となります。賞味期限の保存試験(*1)もその1つです。
(*1)参考:カルビー商品の賞味期限はどのように決めているか教えてください。https://faq.calbee.co.jp/faq_detail.html?page=1&category=2096&id=96
ー最初に検討されたのはポテトチップス製品と聞いていますが、どんな理由だったのですか。
大野:「ポテトチップス」は、かねてから品質を保つためにパッケージフィルムのバリア性(*2)を高め、袋の中に「窒素」を充てん(*3)することで、酸化を防ぐ工夫をしていました。そのため、保存試験のデータが元々揃っていました。それを活かし、賞味期限を延ばすためにどんなことができるかの検証に注力しました。
(*2)1983年カルビーが菓子業界で初めて採用したアルミ蒸着フィルムによって、製品を劣化させる「光」と「水分」の遮断を可能に。
(*3)(参考)https://faq.calbee.co.jp/faq_detail.html?id=69
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このほか、原材料の見直し、酸化しにくい油の配合、品質担保のための保存試験を繰り返し行ったとのこと。結果、「賞味期限延長は可能」という判断に至りました。一方で見えてきた課題を踏まえて、第1期賞味期限延長プロジェクトは終了、第2期へと続きます。
「カップ製品という壁」の第2期
ー延長ができる!と分かって次はどんなことに着眼したのですか。
大野:第2期では実行に向けた検証フェーズに入りました。ポテトチップスに比べて賞味期限が短い「じゃがりこ」など、カップ製品の賞味期限を延長するための議論を行いました。
ー「じゃがりこ」と「じゃがビー」はどうして賞味期限が短かったのですか。
大野:カップの容器にはどうしてもつなぎ目がありますし、外側は紙。フタもシールはされていますが、フィルムに比べるとバリア性が低いという障壁がありました。
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カップ製品の賞味期限延長には、バリア性の強化が重要なテーマだったといいます。この課題も、包材形態をスタンドパックに変更することで、窒素充てんが可能となり、解決の糸口が見えてきました。
さらに検証を重ねた結果、カップ容器でも原材料の見直しによってこれまで3ヵ月だった賞味期限を延ばせることがわかりました。
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賞味期限は「年月日」表示のまま
「やるしかない」の第3期
ーいよいよ第3期スタートですね。
大野:行政から法制度や目標の公表(*4)もありましたし、当時の社長からも「絶対実現してください」との激励もありました(笑)。なので確実に実行しなくてはならないというプレッシャーを抱えていました。
第3期は、私が所属していた生産本部が中心となって進めました。カルビーの製品は種類が膨大なだけじゃなく、同じ製品でも生産する工場が複数にわたります。実行フェーズではやはり全国の工場をよく知る生産系の人間がいいだろうとの判断があったのだと思います。
(*4)「食品循環資源の再生利用等の促進に関する法律」
ーどんなことから始められたのですか。
大野:賞味期限を延長することに加え、表示をどうするかの課題もありました。それまでの保存試験などで、ポテトチップスは賞味期限を延長しても品質に影響がないことがわかっていました。そこで、単純延長にしようとしていたんです。つまり、単純に賞味期限の日付を延ばしてパッケージに表示するということです。お客様にとっても今まで通りの表示だし、その方がわかりやすいですから。
でも「年月日」表示のままにしてしまうと、実際の売り場での細かい先入れ先出し(*5)の習慣が改善されない。食品ロスにもつながることなので、賞味期限を「年月」表示にすると同時に、製造日は入れないことしました。
(*5)先に仕入れた商品を先に出庫して、保管している商品の品質が長期保管によって劣化することを防ぐ管理
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プロジェクト実現へ、精鋭メンバーと挑む!
ー第3期スタートの2018年は6名体制でした。その翌年に11名まで増員された理由をお聞かせください。
大野:あらゆる部門のスペシャリストが必要だったからです。当初は開発・品質保証・物流・生産の各部門メンバーでスタートしたんですけど、Xデーが決まり、実施事項が具体的になってくると、その実務に精通した人の参加が必要になりました。
マーケティング部門や工場長、情報システム部門やお客様相談室もメンバーに加わっていただきました。どんな人財が必要かをチームで話し合い、私はその上司の方に参画いただきたいことを伝えました。
ー断られることもあるんですか。
大野:断られることはなかったです。でも渋られることはありました(笑)。あくまで兼務していただくことになるので、それは仕方が無かったですね。
膨大な製品数のなかで、各工場の賞味期限を印字する設備を入れ替え、製品の包装フィルムも切り換えなければなりません。段取りやスペックが変わるので製品登録のシステムも改修して、すべての製品の登録作業を人手で行う。これは途方もなかったと思います。
取引先には営業のメンバーに商談してもらわないといけないなど、課題とタスクがはっきりしてきました。それに対応できる専門部隊の人が入ってくれたことで、急に進みが良くなったという感覚はありました。
私はずっと生産系、技術系の人間なので営業のことはわからない。でも必要な時は商談に同席して、技術的な説明をさせていただきました。
また、JANコード(*6)を変更する場合、製品パッケージのフィルムの改版が必要になり、一斉切替えが極めて難しくなります。JANコードを変更しないという点でマーケティング部門と営業の方にはかなり頑張っていただきましたし、取引先関係者の方々のご理解に感謝です。
(*6)商品を識別するためのコード。在庫管理や売上管理にも重要
製造部門では、特に実際に製造ラインで働いている方々も本当に大変だったと思います。一部「年月日」表示のままの商品があり、「年月」表示との切替えが発生しました。これを絶対に間違えちゃいけないというプレッシャーですね。食品ロス削減のためなのに、間違えたら製品回収になることを考えると普段以上に緊張したと思います。
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これからも、おいしく食べ続けてもらうために
ーこのプロジェクトを通して、お客様へメッセージをお願いします。
大野:もちろん、食品ロス削減は企業として取り組むべきです。ただ、その道のりは簡単なものではありません。賞味期限延長は、より長い期間、変わらぬおいしさ・品質でお客様に食べていただけるように、技術的に何度も試行錯誤を重ね、検証した結果です。
それと、今まで窒素充てんをしていなかったスナック製品も、全国のスナック生産工場に鮮度維持のため窒素充てん設備を設置しました。これからも、「おいしく食べ続けてほしい」という思いを知ってもらえるとうれしいです。
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『サッポロポテト』と『おさつスナック』
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ここに書いたのは、伺ったお話のほんの一部。今でこそ笑顔でお話しくださいましたが、厳しい瞬間もあったに違いありません。関係者の多大な協力のもと、このプロジェクトが成し遂げられたことをあらためて実感しました。
大野さんはインタビューの最後に、「たくさんの困難は最強メンバーのおかげで乗り越えられた」と語りました。これからも、カルビー製品をおいしく食べ続けてもらうための努力を、カルビーグループ全従業員で続けていきます。
文:石川 清美
写真:伊藤 奈美子
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