カルビーの工場で女性管理職が次々と誕生したワケ
従業員3,858人(単体、2021年3月31日現在)のうち44%を女性が占めるカルビー。ダイバーシティの最優先課題として女性活躍推進に取り組んできましたが、管理職として活躍する女性の多くは本社部門所属。2014年にカルビー初の女性工場長が誕生するも、生産部門(工場)での女性管理職登用がなかなか進まないのが実情でした。
ところが2022年4月、生産部門で新たに6人の女性管理職が誕生し、10年前(2012年)はたった3人だった女性管理職が20人まで増加したのです。
今回は、その躍進を陰で支えた人事担当の種橋直実さんにお話をお聞きしました。
女性管理職ゼロ工場をなくす
2020年、種橋さんが現在の職に就いた当時、担当する西日本エリア(中部以西)6工場における女性管理職は数えられるほどしかいませんでした。
「工場では、一般のメンバー、その上に班長、主任、課長、工場長という体制になっていて、管理職と呼ばれるのは課長以上です。当時、東日本エリアではどの工場にも1人は女性管理職がいる一方、西日本エリアは半分が“女性管理職ゼロ”工場でした」
その状況を打破しようと、種橋さんはまず、女性管理職候補者を可視化し、計画的な人財育成に着手します。各工場長に丁寧にヒヤリングして、班長、主任、課長候補として考えている女性をそれぞれ挙げてもらい、リストアップしたのです。そのリストは『人財マップ』と呼ばれ、各工場でどの候補者をいつ頃管理職登用するか、それぞれに具体的な育成計画を立てていきました。
それまで各工場長の頭の中にしかなかった“未来予想図”を具体化することで、工場長と種橋さんだけでなく、生産部門のトップ、本社人事も候補者の顔ぶれを知るところとなり、連携した人財育成が可能となりました。その後も定期的に工場長と進捗確認する場を設け、常に候補者の育成を意識してもらえるように働きかけたそうです。
次に注力したのは、候補者側のマインドセット。
「管理職へ任命された時に、いかに『やってみよう』と思ってもらえるかどうか。そのためにはもっと前の段階で彼女たちの不安を取り除く必要があると思いました」
種橋さんは、身近な存在として候補者の皆さんに寄り添いつつ、本社人事が企画する「女性リーダー育成プログラム」※への積極的な参加を促しました。
※女性管理職候補者育成を目的とした選抜型研修(3カ月間)
「初めのうちは、自身が参加することに疑問を持っていた人でも、プログラムを通じてどんどん変わっていったんです。社内ロールモデルの話を聞く機会もあり、『リーダーだからといって完璧じゃなくて良いんだ』『この部分なら真似できるかもしれない』と前向きに捉えられるようになっていく姿を見て、胸に迫るものがありました」
「女性リーダー育成プログラム」には種橋さん自身も可能な限り顔を出し、時に候補者と一緒になって悩み抜き、答えを出すためのサポートをする。そんな姿勢にも刺激を受け、候補者の皆さんも次第に、管理職への意識を高めていきました。
具体的な目標・計画を立て、登用する側とされる側、双方のマインドセットを整えることが重要―。ここまでは、どの部門も共通したポイントだといえますが、お話を聞く中で、生産部門ならではの難しさも見えてきました。
工場ならではの難しさ
「工場の製造現場は、3直交替制※の勤務体系。時間の制約があることが大きなハードルとなっています。班長として力を奮っていた女性がライフイベントを機に離脱してしまうことも少なくありませんでした」
※6:15~(1直)/13:15~(2直)/21:45~(3直)の当番制シフト
夜勤のある工場勤務で、育児や家庭との両立を不安に思い、昇格していく姿が想像できない女性従業員は多かったといいます。
「管理職になれば3直交替ではなく日勤(8:30~17:00勤務)となります。実は多くの人が家庭と仕事の両立で悩むのは、職制と呼ばれる班長・主任時代なんです」
そこで種橋さんは、育成プログラム受講者からの意見を参考に、本社人事の支援を受けて、オンラインの「女性班長限定コミュニティ」を開設しました。そこでは冒頭に「心理的安全宣言」がされ、どんなことでも話して構わないという自由な場。仕事の悩みはもちろんのこと、育児の裏技や子どもの教育のアドバイスなど、内容は多岐にわたります。同じ悩みを持つ女性班長同士の横のつながりを強めることにより、互いに助け合って成長していくフィールドができあがりました。
彼女たちの成長ぶりは、それを目にした周囲の意識も変革していきます。
「最近では、日勤の女性班長も誕生していて、工場長が強い意識を持って登用・育成に臨んでくださっていることがすごく伝わります。そして何より、現場で一緒に働く周りのサポートやご理解があってこそだと思うので、私も本当に感謝しています」
そしてついに、2022年4月、種橋さんの担当する西日本エリア含むすべてのカルビー工場に女性管理職がいる状態になったのです。
「登用する側がこれまでと変える勇気を持ち、候補者側も『私なんて』という意識を捨てて一歩を踏み出す。双方の努力と勇気、周囲のサポートがあったからこそ、実現することができました」
強がらずに素直に周囲に助けを求める
常に周囲を気にかけ、さりげなく人に寄り添う姿勢から、社内では“人事の鑑”とも称される種橋さんですが、実は長らく経理、物流などのキャリアを歩んできました。2015年、初めて人事に携わった時は驚きの連続だったといいます。
「これまで、数字を扱う仕事が多かった私が、初めて人事関連の業務に携わり、正解やゴールがないことに驚きました。『これをやればうまくいく』という必勝法もない。今でも毎日、手探りしながら、仕事をしています」
正解がないからこそ、人と人との間に立って、一緒に解決の糸口を探すことができる人事の仕事。その中で自分の経験が誰かの役に立った時ほど嬉しいことはない、と種橋さんは笑顔で人事の仕事のやりがいを語ってくれました。
女性管理職候補者たちにも、自身が管理職に任命された際の経験から、こう言葉をかけます。
「彼女たちには『できなくてもいいんだよ』と常々伝えています。初めから完璧である必要なんてないよ、と。私も管理職任命を受けた時、ためらった経験があるので、彼女たちが不安に思う気持ちは痛いほど分かるんです。でも、できないことはできる人にお願いをしたら良いし、分からないことは素直に聞いて教えてもらえば良いんです」
種橋さん自身、管理職としての唯一の心構えは「強がらないこと」。強いリーダーシップがないことに悩んだ時期もあったそうですが、それでも素直に周囲に助けを求めてきたことが、管理職を続けてこられた秘訣だといいます。
そんな種橋さんの言葉に勇気づけられ、この春から新たに着任した女性管理職の面々も、日々奮闘しています。
ここからがスタート
新体制になってから、はや数週間が経ち、インタビューの後半には、新たに管理職になった女性たちに対する期待と激励の言葉も飛び出しました。
「女性管理職が増えたらそこでゴールではなくて、そこからがスタートだと思っています。私で良ければいつでもガス抜き相手になりますし、社内のメンター制度も大いに活用しながら、活躍していってほしいなと思います。そして成長して、今度は後継者を育成してくれるような、そんなサイクルが回せたら良いですね」
女性管理職登用はあくまでも通過点に過ぎず、大切なのは彼女たちがその経験を通じて成長し、また新たな人財を育成すること―。
種橋さんの目はすでに未来を見据えています。
文:深谷 真理奈
写真:間瀬 理恵