“Be Friendly, Be Charming.” カルビーらしいデザインの秘密
「わぁ!可愛いですね!」
カルビー本社の会議室からは、方々でこんなやりとりが聞こえてきます。
それは、カルビー社員が持つ“名刺”を見て生まれたもの――。
2020年4月、カルビーは「伝わるデザインプロジェクト」の一環で、それまで20年以上にわたり使われていた名刺デザインを一新し、全14種からなる現在のデザインに変更しました。今回、話を聞いたのは、プロジェクトメンバーの長澤君枝さんと舟橋桃代さん。
「伝わるデザインプロジェクト」について、そしてプロジェクトを通じて明らかになった“カルビーらしいデザイン”について、紐解きます。
伝わらないデザインを、伝わるデザインへ
2019年4月、マーケティング本部内で「伝わるデザインプロジェクト」が立ち上がりました。ミッションは「カルビーのデザインをもっと良くする」こと。集められたメンバーは総勢6名。長澤さんと舟橋さんは、それぞれインハウスデザイナー、商品企画担当として白羽の矢が立ちました。
「デザイン視点で商品開発をしよう、というのがプロジェクトの始まりでした。カルビ―にはたくさんの商品がありますが、同じ商品のシリーズでも、フレーバー展開が進むと元々のパッケージデザインから離れていってしまい、シリーズ感が薄れてしまうという課題があったんです」(長澤)
まず着手したのは、オリエンシートの改良でした。オリエンシートとは、パッケージデザインをつくる上でデザイナーとのコミュニケーション(オリエンテーション)に活用するもの。商品ブランドの伝えたい価値やその理由、ターゲットなどを盛り込みますが、当時の仕様は各担当に任されており、まるで統一されていませんでした。
「オリエンテーションのやり方は商品企画担当によってバラバラでした。また、上長が指摘するポイントも人によって異なり、カルビーとしてのデザインはどんなものが良いのか、共通言語化できていませんでした」と、プロジェクトメンバーの中でも、唯一の現役商品企画担当だった舟橋さんは振り返ります。
現場の課題を洗い出した後は、デザイン部門を持つメーカーにヒヤリングを多数実施。社内でも議論を重ねた末、オリエンシートを「ブランドコンセプトとデザインコンセプトをひとつのストーリーでつなぐもの」と定義し、内容を刷新しました。ブランドの中心にある価値は何か、商品を通してお客様に何を伝えたいのか、デザインによって解決したいことは――。オリエンシートに記載するポイントを絞り、商品企画担当者向けに勉強会を開いて定着を図りました。
「同時に、カルビーのパッケージデザインポリシー“ONE Message, ONE Product”を定めました。パッケージは、メーカーとお客様をつなぐ大事なコミュニケーションツール。限られた売り場の、限られたスペースの中で、すべてを伝えきることはできません。たくさんある訴求ポイントの中で、『どうしてもこれだけはお客様に伝わってほしい』というキーメッセージを込めてもらうようにしました」(長澤)
そのほかにも、「伝わるデザインプロジェクト」では、「クリエイターズパッケージ」と呼ばれる商品を手掛けます。
「普段スナック菓子を買わないお客様に“パッケージ買い”していただけるような商品を目指しました。通常担当しているロングセラーブランドとは違った視点でチャレンジできたので楽しかったですね」(舟橋)
名刺から始まるコミュニケーション
プロジェクトが始まって半年が経つ頃、チームが次に目を付けたのが、名刺のデザインでした。
当時のデザインは、20年以上前に採用したもの。社名を隠せばどの企業か分からない、一般的なデザインでした。プロジェクトリーダーがリニューアルを提案した時、真っ先に賛同したのが舟橋さんだったといいます。
「実は入社した時に『あまりカルビーらしくないな』と感じていたんです。名刺交換の場はフォーマルな雰囲気ですが、一方、カルビ―は社名を聞くだけで場が和むような親近感がある。初対面の場で打ち解けるために、商品の力を活用しないのはもったいないと思いました」
長澤さんも、リニューアルに込めた想いを語ります。
「名刺はとても重要なコミュニケーションツールの1つですよね。そのツールの中に、カルビーの商品の良さを詰め込みたいと思ったんです」
こうして出来上がったのが現在の名刺デザイン。「ポテトチップス」「じゃがりこ」「フルグラ®」といったお馴染みの商品画像があしらわれています。1箱の中に14種類入っているため、全種類を少しずつ名刺入れに揃えておくのが 、多くの社員が実践するカルビー流のお作法。複数名で名刺交換する際には、先に交換した人のデザインを見ながら、重複を避けて渡すことも。
よく見ると、文字情報にも、カルビーならではの工夫が施されています。
「カルビーは、働く人のことを“人財”と表現するほど、人を大切にする社風です。そのことを伝えるために、名刺でも肩書きより上に氏名を配置することにこだわりました。書体も、誰もが読みやすい、くせのないものを採用しています」(長澤)
リニューアルを終え、舟橋さんが一番喜びを感じるのは、やはり名刺交換の瞬間です。「交換する時に『この商品好きです!』と言っていただいたり、『どれが良いですか?』とこちらから示したり。意図した通りに、会話が生まれているシーンを目にすると、素直に嬉しいです。これからも、初対面の方とのコミュニケーションの起点になってくれたらと思います」
カルビーらしさとは、誰も置いてきぼりにしないこと
名刺リニューアルなど、1年間かけてデザインについて考えてきた「伝わるデザインプロジェクト」。活動の根底に常にあったのは、「カルビーらしいデザインとは何か?」という疑問でした。
その解を求めて、プロジェクトメンバーは、マーケティング本部約70名を対象にワークショップを実施します。テーマは、「友人に、カルビーはどんな会社かと尋ねられたら何と答えるか」。いくつかのグループに分かれてディスカッションを行い、導き出されたのは、“Be Friendly, Be Charming.”というコンセプトでした。
「オンラインで行ったので、他のグループが何を話しているか知らないはずなのに、発表の時間になったら皆が口をそろえて『Friendly(フレンドリー)』『Charming(チャーミング)』といった単語を挙げたんです。潜在的な共通認識があるんだなと、本当にびっくりしましたね」(舟橋)
パッケージデザインでいえば、「カラフルであること」が大切だと、長澤さんは語気を強めます。カルビー商品によくあるカラフルで元気な色合いは、ともすれば「洗練されていない」とも思われがちですが、それがカルビーらしさにも通じているというのです。
「大切なのは敷居の低さ。メッセージをシンプルにすることは必要ですが、すまして気取った都会的なデザインはカルビーらしくない。時にはそういうデザインのものが紛れていても良いのですが、誰にも緊張感を与えることなく、どんな人でも受け入れる懐の広いデザインが“Friendly”であり“Charming”だと思うんです」
長澤さんは続けます。
「カルビーの商品、そしてパッケージデザインにはいろいろな色や形があります。統一感がないように思われるかもしれませんが、売り場のどこかには必ず誰かの“好き”がある。その誰も置いてきぼりにしない雰囲気が親しみやすさを生み出しているのではないでしょうか」
この春から、舟橋さんは海外におけるブランド戦略を担当する部署へ異動しました。国内で培ったカルビーらしさを世界へどのように広げていくか、今後の展開が楽しみです。
文:深谷 真理奈
写真:伊藤 奈美子