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ポテトチップスのすべてを知り尽くした匠の“職人魂”

商品づくりの現場を支えるプロフェッショナルな従業員にスポットを当て、仕事に対する想いや、商品づくりにかける情熱に迫る、「職人魂-THE CALBEE」。第5回はポテトチップス製造のスペシャリスト、江口 豊さんにお話をお聞きしました。

江口 豊(えぐち ゆたか)
カルビー株式会社 カルビージャパンリージョン 西日本事業本部 湖南工場 品質保証課 課長
1991年にカルビー株式会社入社。以来、一貫して湖南工場で勤務。ポテトチップス製造課で約20年従事し、原料担当やじゃがりこ製造課長を経て、2015年からポテトチップス製造課長。2020年より現職。鹿児島県出身。趣味は園芸。


シンプルだからこそ奥が深いポテトチップスの製造工程

今回ご紹介する職人・江口さんは入社以来、約30年にわたり湖南工場で勤務し、そのキャリアの大半でポテトチップスにかかわる仕事に携わられています。

ポテトチップスの製造工程は、大まかにいえば、じゃがいもを洗って皮をむき、スライスして揚げて味を付けるだけ――。パリッとした食感を実現するために、じゃがいもの投入から箱詰めまで、約20分という速さで行います。
新入社員として初めてその工程を目にした江口さんは「思ったより単純なんだな」と感じたそうです。しかし、実際につくってみると、自然の原料を扱うからこその難しさに直面することになります。

最初の配属は「供給(じゃがいもを機械に投入する工程)」と「フライ(ポテトチップスを揚げる工程)」を2週間ごとに担当する「前加工」班。特にフライの仕事はポテトチップスの品質を大きく左右するとあって、新人の江口さんにとっては夜も眠れないほどの重責でした。

同じ産地でできた、同じ品種のじゃがいもであっても、その日の状態によってフライ温度やフライ時間、製造ラインに流す製品の量など、都度オペレーションを変えているんです。当時はマニュアルも整備されておらず、日々の状態を記録しながら必死でコツをつかんでいきました」

かつては貯蔵技術が今ほど優れておらず、じゃがいもの品種も豊富になかったため、時期によって悪い状態の原料が続くこともありました。

「状態の悪いじゃがいもをスライスしようと思っても、柔らかくて厚さが安定しないんです。どうしたら“いつもの味”を実現できるのか、格闘したことを覚えています」

過去の日報を引っ張り出し、履歴を見ながら細かく調整を重ねていきました。その微細な調整技術は、経験によって培われる、まさに“職人技”です。

ましてや、ポテトチップスだけで年間100種類以上の新商品が出るカルビー。一つひとつ、レシピは異なりますが、たとえ初めてつくる製品でも、安定した品質でお客様に届けなくてはいけません。日に何度もある製造ライン切り替えの度に、ラインで流れる製品を口にして水分・油分の状態を確認するのが習慣になっていました。

「もちろん定期的に理化学検査を行い、設計した規格に合ったものになっているか、都度確認をしています。でも製品に最も近いのは製造現場。数値は参考にしつつ、誰よりも先に異変に気づくよう心掛けていました

「パリッ」「バリバリ」「モサモサ」「生っぽい」。
経験を重ねるうちに、ラインで流れる製品の食感だけで水分・油分のだいたいの値が分かるようになっていきました。

日に日に腕を上げていく江口さんでしたが、時に忙殺され、「時間がない」と愚痴を言うことも。そんな時、現場のいろはを教えてくれた師匠に「時間なんて自分でつくるもんだ!」と一蹴されます。
その日を境にますます邁進し、成果が認められ、職位も上がって順風満帆に見えた頃――。江口さんをカルビー人生最大の苦難が待ち受けていました。

カルビー人生最大の苦難。全国修行の末に見えてきた改善の道

入社から10年ほど経過した頃、老朽化に伴い、工場を建て替えることになりました。現場のメンバーは、新しい建屋、新しい設備に心を躍らせます。
ところが、いざ稼働を開始してみると、ボイラーの不調で思うように生産ができません。スタートダッシュを期待されていたにもかかわらず、湖南工場でのポテトチップス生産量は1日の必要量を満たすことができず、全国の他工場を休日稼働して補ってもらう緊急事態になったのです。

ボイラーの製造メーカーに相談するも、不調の原因は特定できず、江口さんは頭を悩ませます。また、設備を新しくしたことで、慣れない操作によるトラブルも頻発し、現場は大混乱。
生産システムでは現場の動きをリアルタイムで捉えることができず、江口さんは製造ライン全体を見渡せる位置に常駐し、各工程へ即座に指示を出していきました。「包装ラインが止まったから、フライヤーのスピードを落とすんだ」。

夜明けとともに出勤し、夜遅くまで対応に追われる日々。休憩に行く時も携帯電話を手離せず、担当者には「何かあったらすぐに連絡して」と、ことづけるのが常でした。そんな悪戦苦闘していた頃、見かねた現場の師匠から「大丈夫か」と声を掛けられ、江口さんはこう答えます。「最初からうまくいかないのは仕方ない。現場が回らないなら回るように改善していくしかありません」。
飲み屋で愚痴を言っていた頃の姿を知る師匠は一言、「お前、変わったな」――。

「抜本的な解決をしなくてはいけない」との思いから、江口さんは自ら志願して全国の工場を回ることになりました。工場によって設備は異なり、それぞれがポテトチップスの品質を追求するためにさまざまな工夫を施していることに驚きます。他工場で目にしたものは、それまでの自身の常識を覆す、斬新なものばかり。

「見たことや聞いたことは、とにかくすべて書き留めました。そのノートは今でも捨てられずに、ロッカーに常に置いてあります」

当時のノートを手にする江口さん

修行を終え、湖南工場に戻った江口さんは早速全国で学んだ知識を現場に還元しようと試みます。試行錯誤の末、フライヤーを改造し、最終的にはボイラーを入れ替え、ようやく生産が軌道に乗り始めました。工場立ち上げから既に3年が経過していました。

「この3年間は今振り返ってみても本当に大変でしたが、当時、オペレーターで全国のフライヤーを触らせてもらったのは、私だけだと思います。貴重な経験をさせてもらったおかげで、ものづくりの真髄に触れることができました

立場を変えて現場に向き合う、ポテトチップスの守護神

ポテトチップス製造のすべてを熟知した江口さんは、今は工場の品質保証部門として現場を見守っています。毎朝、現場から上がってくるデータをチェックし、少しでも異変を感じれば該当部分のモニタリングカメラの映像を確認するのがルーティーンです。

先日も、日報の数字から、味付け工程でのわずかな異変を察知。すぐに現場に連絡し、検査をしたところ、やはり味の濃さが規格を超えていたことがありました。味のばらつきの原因がパウダーの量にあると考えた現場メンバーが掛け率を調整したことによるものでしたが、長年の経験から江口さんはラインに流れる製品量の問題だとすぐに気づき、その指摘によって事なきを得ました。

現在のポテトチップス製造課には、江口さん自身が採用に携わったメンバーも多いといいます。そのうちの1人、現在班長を務める永井さんは「江口さんにはすべてを見抜かれてしまうので、絶対に手を抜くことができない」と語ります。

ポテトチップス製造課で班長を務める永井さん(写真左)と江口さん

寡黙な性格から、多くを語ることはありませんが、製造課を離れてなお、ポテトチップス製造における守護神のような存在であることは間違いありません。

江口さんが所属する湖南工場は、DXを推進するモデル工場としても知られています。変わりゆく工場の姿を目にし、江口さんが今、後輩たちに伝えたいことを尋ねてみました。

新しい設備を入れただけで終わりではありません。それを使いこなし、いかに自分のものにしていくかが重要だと思います。失敗を恐れずにどんどんチャレンジしてほしいですね

それは、長年チャレンジを続けてきた江口さん自身の経験から学んだことでもあります。
今では湖南工場で定番となっている、ある機械も、江口さんが製造課長の頃に全国に先駆けて導入したもの。ポテトチップスになるじゃがいもは皮をむいた後に傷みや芽を取り除くトリミングという工程があります。従来、ナイフを使い、人の手によって一つひとつ取り除いていましたが、江口さんの提案によってそれを自動化したのです。新しい技術の導入に反発もありましたが、それがおいしいポテトチップスを安定して届けるためと信じてやり遂げました。

ご自身の強みを尋ねると「人がやりたがらないことをやってみる。やると決めたら突き進むところかな」と、少し照れくさそうに話す江口さん。その意志の強さと実行力こそが“職人魂”なのかもしれません。

江口さんは今日も、慣れ親しんだ湖南工場で品質改善に取り組んでいます。
すべては、お客様に最高のポテトチップスを届けるために。

【カルビー湖南工場について】
国宝伽藍を有する3つの寺「湖南三山」があり、紅葉の名所としても知られる滋賀県湖南市。琵琶湖からも程近いその場所に湖南工場はあります。湖南工場では、ポテトチップス、「堅あげポテト」、「じゃがりこ」などを製造しています。(操業開始:1976年)

カルビー湖南工場

文:深谷 真理奈
写真:伊藤 奈美子

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