0.001mmへの挑戦。カルビーが起こしたパッケージ革命
ポテトチップスを包む袋が、実は何層にもなっているのをご存じでしょうか。
見た目には分かりにくいのですが、お客様においしく召し上がっていただく品質を保つため、異なる機能を持った素材を1枚のフィルム状にし、パッケージにしているのです。
フィルムの厚さを示す単位はμm(マイクロメートル)。実に1mmの1/1000の世界で、幾度も試練に立ち向かいながら、今日まで進化を遂げてきました。
今回は、パッケージの開発に心血を注ぐ、包装開発課の澤田遍範さんにインタビュー。商品に油を使うメーカーならではの苦労やパッケージ開発へのこだわりを語っていただきました。
カルビーがつくりあげた業界のスタンダード
1975年、カルビーはポテトチップスを発売。当時、「油が酸化した匂いがする」「ポテトチップスを買うと、同じ袋に入れている他の商品に匂いがついてしまう」といった声がお客様から寄せられていました。
その頃は、お菓子のパッケージは透明のフィルムで中身を見せるのが主流。カルビーのポテトチップスも同様でしたが、透明のフィルムはバリア性※が低く、外気を通してしまうため、油が酸化しやすく、匂いも移行しやすい問題がありました。しかも時を同じくして、コンビニエンスストアが台頭していきます。24時間、蛍光灯の光にさらされたポテトチップスの油はどんどん酸化していき、品質に支障をきたしていました。
そこで創業者・松尾孝は大胆な決断をすることになります。
「1983年、商品の品質を第一に考え、業界で初めてアルミ蒸着フィルム(プラスチックにアルミを塗布したもの)を層に組み込んだフィルムを採用したんです。アルミ蒸着フィルムを使うと、光を遮ることができる反面、フィルムの中が見えなくなります。『中身が見えないものは売れない』という小売業からの声に加え、コストが大幅に上がることから社内でも大きな反発があったようです。それでもお客様においしいものをお届けしたい、という強い意志で突き進んだと聞いています」
アルミ蒸着フィルムの導入によって、スナック菓子の大敵である「光・酸素・水」の侵入を大幅に防ぐことができるようになり、品質は見違えるように改善。売上も上がり、瞬く間にポテトチップスはカルビーの主力ブランドに成長していきます。アルミ蒸着フィルムは、その後、業界のスタンダードとなっていきました。
ただ、一口に“アルミ蒸着フィルム”といっても、その素材構成はさまざま。そこには、すべての商品のパッケージを一律にできない、ある事情があったのです。
「『ポテトチップス のりしお』など、パウダーに葉緑素が含まれる商品がありますよね。葉緑素は光を吸収することで酸素を発生させます。つまり、ポテトチップスに含まれる油の酸化を早めることにつながるのです。そういった商品には、通常より遮光性の高いフィルムを使って、光の侵入を防いでいます。また、『フルグラ®』は重量があるので、より強度のあるフィルムを採用するなど、商品の特性に合わせて、パッケージにも工夫が必要です」
かつては、物を遠くに運ぶための機能がパッケージに求められるものでしたが、時代の変化とともに、安全や鮮度を守るための機能、そして環境への対応も求められていきます。
プラスチックは、商品の品質を担保する上では非常に優れた素材。他の素材で同じバリア効果を得るのは非常に難しいといいます。一方で、近年は環境問題でも取り上げられる素材です。
「歴代の担当者が、パッケージに使用するプラスチックの使用量を減らそうと、フィルムの薄膜化に長年取り組んできました。フィルムサプライヤーさんも『これ以上薄くはできない』と音を上げたほど。それでも、試行錯誤を重ね、25年間で25%のプラスチック削減に成功しています。
2020年に『プラスチック資源循環の推進目標』※を発表し、プラスチック使用量削減・環境配慮型素材への転換を掲げていますが、非常にチャレンジングな数字だと感じています。でもだからこそ、達成しなければならない。これは、商品の品質のみならず、パッケージの面でも業界をリードしてきたカルビーの使命なのです」
譲れないのは「品質最優先」であること
澤田さんが包装開発に携わることになったのは、2016年。
当時の研究開発本部では、パッケージに問題が発生した際の場当たり的な対応が課題となっていました。新技術情報を積極的に取りに行き、商品企画担当者に提案できる担当者を求めた本部長(当時)から白羽の矢が立ったのが、澤田さんでした。
「専任になることが決まったときは、正直、責任やプレッシャーを強く感じました。本部長からの期待も感じていたので、『果たして自分に務まるだろうか…』と」
その言葉とは裏腹に、澤田さんは「ポテトチップスクリスプ」のパッケージ改良や「ポテリッチ」での自立型パッケージ実現など、次々に新しい取り組みを成功させていきます。次第に、商品企画担当者からの依頼も増え、チームの人数も増えていきました。2020年には正式に「包装開発課」が立ち上がり、社内からの期待もさらに大きくなっていきます。
「業務内容は変わらずパッケージ開発がメインですが、それまでチームだったのが課になり、さらにスピード感を持って対応していかねばという思いです。環境配慮型素材への切り替えやプラスチック使用量削減の目標に向かって、一丸となって取り組んでいます」
組織が変化しても変わらず心がけているのは、あくまでも「品質最優先であること」と、澤田さんは語ります。
「プラスチックの使用量削減の取り組みは、ジレンマが多いんです。例えば、チャック付きのパッケージは、食べかけのものを保存する上では便利だけれど、その分プラスチックの使用量が増えてしまう――など。品質担保と利便性と環境配慮、この3点のバランスをどうとるか、毎日悩みながら活動を続けています。でも、お客様に喜んでいただける品質を最優先で考えること。これは自分の中では譲れない基準です」
前人未到のチャレンジ、2年間にわたる苦労の日々
躍進を続ける澤田さんに与えられた新たなミッションは「ピロー包装での紙包材化」。つまり、自立式でない、通常のポテトチップスの袋で「紙表記」を実現することでした。
カルビーでは、2019年に「プラスチック表記」の紙包材化は実現したものの、「紙表記」には至っていませんでした。「紙表記」をするためには、フィルムを構成する素材のうち「紙」が最も多い重量を占めていなくてはいけません。そこからは、フィルムに使われるプラスチックをいかに減らせるか、の闘いが始まりました。
「自立式パッケージでの実績もあったので、最初は、簡単にできるだろうと思っていたんです。ところが、ピロー包装に適したフィルム構成で保存テストをしてみたところ、中身製品の品質を十分に保てなかった。包装前のフィルムを調べた時には担保できていたバリア性が、包装後に低下することが判明したんです」
度重なる失敗に澤田さんの落胆は大きく、長引く開発期間に社内からのプレッシャーも増していきました。
「今振り返れば、地獄のような日々でしたね(笑)。プラスチックの使用量を減らさないと『紙包材化』が実現できないけれど、減らしすぎると品質を損ねてしまう。試作品をテストしましたが、どうしても包装後のバリア性低下を防ぐことができませんでした。その度に『あぁ、これもまただめか…』と、本当にがっかりしました。毎回試作品を作ってくださるフィルムサプライヤーの皆さんにも申し訳ない気持ちでいっぱいでした」
それでも、既存の生産ラインで大量生産をするためには、ピロー包装での挑戦を諦めるわけにはいきませんでした。
「フィルムサプライヤーさんと二人三脚で、さまざまな仮説を持って検証を繰り返しました。素材構成を変えたり、厚さを変えたり。何度も何度も繰り返しテストをして、ようやく求めるレベルのものに仕上がりました」
完成したそのフィルムは、従来のフィルムと比較してプラスチック使用量を半分程度に抑えることに成功。約2年の開発期間を経て、2022年9月、ついにカルビーは「じゃがいもチップス」で「ピロー包装での紙包材化」を実現させたのです。
「フィルムが開発できた時は、嬉しい反面、不安もありましたね。プラスチック使用量を極限まで減らしているので、大量生産した時に不具合は出ないか、緊張が続く日々でした。今は一段落して、ホッとしています。業界では他に類を見ない取り組みなので、別のフィルムサプライヤーさんから問い合わせをいただくなど、ようやく成果をかみしめているところです」
澤田さんが描く未来の姿
原油価格が不安定な中で、さらにコストのかかる環境配慮型素材の採用に躊躇する企業も少なくありません。それでも澤田さんは、その必要性を強く感じています。
「環境へ配慮することは、中長期で考えれば、確実に必要な視点です。業界をリードする存在として、取り組みを推進するとともに、お客様にもしっかりと背景をお伝えしてご理解いただくための努力をする必要があると考えています」
目指すのは、使用済みパッケージをリサイクルして再利用できる未来―。
「包装開発が進むペットボトル業界では、使用済みのペットボトルから新しいペットボトルをつくるマテリアルリサイクルの技術が既に導入されています。今回のピロー包装の紙包材化は非常に大きな成果であると考えていますが、我々としてはこれがゴールではありません。カルビーでも、循環できるパッケージの開発が急務です。そのためには、自社だけでなく、他社といかに手を組んでいくかが重要です。業界の垣根を越え、さまざまな人を巻き込んで循環型社会の実現に貢献していきたいと思います」
パッケージにプラスチックを使用する企業の責任として、フィルムの薄膜化や使用量削減に長年取り組んできたカルビー。そのほかにもバイオマスPET、バイオマスインキへの切り替えなど、パッケージにおける環境配慮の取り組みを拡大させてきました。
カルビーは今後も、歩みを緩めることなく挑戦を続け、アルミ蒸着フィルムの導入が業界のスタンダードをつくったように、新たなスタンダードをつくっていきます。
文:深谷 真理奈
写真:櫛引 亮