【対談】Think Unthinkable. ~食とエネルギーのシナリオプランニング~
進学先や就職先を選ぶとき、引っ越しの条件によって物件を選ぶとき……。私たちは日々、様々な選択肢をもとに異なる複数の未来を思い描きます。
それは、企業の戦略策定にも通じるアプローチです。カルビーの原料調達は、ばれいしょの安定的な確保をはじめ、気候変動や地政学的リスクなど多くの条件に左右されています。そんな将来の不確実性と向き合うためのビジネス手法として注目されているのが、シナリオプランニングです。
未来は予測できないという覚悟のもと、現状を踏まえて複数の異なる将来像に向けたストーリー(シナリオ)を描くことで、経営に役立てることを目指しています。
今回は、カルビーのシナリオプランニング・ワークショップ(今年7月実施)で講師を務められた出光興産の熊谷峻さんと、カルビー経営企画部の鳥谷翔さんによる対談をお届けします。鳥谷さんは、約半年にわたる出光興産のシナリオプランニング研修にも外部参加しています。おふたりに、食とエネルギーの視点から、不確実性の高い時代におけるシナリオプランニングの意義や可能性について熱く語り合っていただきました。
「未来は予測できない」ことを受け入れるシナリオプランニング
―本日のテーマである“シナリオプランニング”。一般的にはあまり聞き慣れない言葉です。さっそくですが熊谷さん、教えていただけますか。
熊谷:シナリオプランニングとは未来を考えるための手法で、もう半世紀以上の歴史があります。大事なのは、シナリオとは未来予測ではないということです。そもそも「未来は予測できない」ことを受け入れて、そのうえで未来がどうなる可能性があるかを考える手法をシナリオプランニングと呼びます。シナリオでは、現状分析をしっかりとした上で、必ず将来像を複数作るのが鉄則です。なぜかというと、シナリオが1つしかないと、それは未来予測と一緒になってしまうからです。
未来は不確実で、1つには絞ることはできないため、複数のシナリオを作ります。ある未来を思い描いている聞き手に対して、その未来とは異なる未来の可能性を示せれば、聞き手は未知のリスクや機会に気付き、「そういう未来の可能性があるなら行動を見直してみよう」となることが期待できます。このように、聞き手の行動変容につながってこそ、良いシナリオと言えるのです。
聞き手にとって想定外の未来像を示すことを目指す、そうしたシナリオの精神を表す言葉が「Think Unthinkable」です。「考えられないことを考える」という意味ですね。ここ数年だけでも、コロナ禍やウクライナへの軍事侵攻の問題などいろいろなことが起きています。今日のような激動の時代、企業によるシナリオの活用は、すごく意義があると思います。
―なるほど。鳥谷さんが現在学ばれているシナリオプランニングを活用して、カルビーが備えられるテーマは多そうですね。
鳥谷:たくさんあります。気候変動だけでなく、地政学的リスクにさらされる食の安全保障などもそうです。カルビーの具体的なビジネスを想定すると、例えば「かっぱえびせん」をテーマにしたシナリオも描けると思います。
発売から約60年の歴史があるロングセラー商品のため、幅広い世代からご支持いただいているものの、幼少期から召し上がっている50代以上の方々のファンが多い商品でもあります。ただ、今後の人口動向で「かっぱえびせん」の需要が減る可能性を前提とすると、これまでとは違う戦略を考えなければなりません。あるいは逆に、「かっぱえびせん」の価値が異なる形で受け入れられるシナリオを描けるかもしれません。実は「かっぱえびせん」は、えびの素材をまるごと全部、余すことなく使っています。そうした側面の認知が広がれば、サステナブルな商品としての「かっぱえびせん」が評価される想定もできると思います。
熊谷:面白いですね。「かっぱえびせん」のシナリオを実際に作るとしたら、「かっぱえびせん」を取り巻く環境を踏まえて、将来的に事業を左右する不確実性を考えます。需要面では、鳥谷さんがお話しされたサステナブルな面や、機能性が認められるとか。あるいは、従来想定していなかった層からの人気が急激に高まる可能性なども考えられるかもしれません。「かっぱえびせん」を取り巻く不確実性にはどんな要素があるのか、関係者が議論しながらシナリオを作っていくことになります。
出光興産とカルビーが描く、エネルギーと食のシナリオ
―エネルギー企業である出光興産にとって、脱炭素への対応は待ったなしだと思います。シナリオプランニングが求められる局面も多いかと思いますが、どのようなシナリオを描いているのでしょうか。
熊谷:当社では、2050年までの日本そしてアジア太平洋地域におけるエネルギー事業の環境が、どう変遷していく可能性があるかを考えた事業環境シナリオを作っています。2019年に初版を作り、今年内容を一部見直しました。発表されたばかりの中期経営計画などにも盛り込まれています。
このシナリオはエネルギー産業の未来の姿を描いています。アジア太平洋地域における石油需要を縦軸、2050年までの時間軸を横軸としてむら雲・虹・碧天プラスという3つのシナリオを作りました。碧天プラスはもともと碧天というシナリオだったのですが、現在の情勢を踏まえて、より強力に脱炭素化が進展する方向に作り替えました。
―シナリオを作って終わりではなく、情勢の変化などに応じて見直していくのですね。
熊谷:はい。作ったシナリオは、社内外の関係者との意見交換や、状況の変化に応じて見直していきます。シナリオは、あくまで企業経営の役に立てるためのツールで、戦略の質を上げるために作っていますので、戦略検討に使える内容になっているか、見直す必要があるのです。
鳥谷:経営企画の仕事においても、とても重要な考え方ですね。関係者が別々の方向で議論すると、道筋が定まらないこともあります。お互いが共通認識を持つための意識合わせにも役立ちそうですし、どこへ向かうかの意思決定の場面でも使えると思います。
熊谷:シナリオの役立て方の1つに、“Framing Debate”があります。これは議論のためのフレームを提供する役割で、共通言語化とも言い換えられます。シナリオが社内で浸透してくると、「今回の戦略は“碧天プラス”ベースで作りました」とか、「じゃあ“むら雲”になったらどうするか」といった議論ができるようになります。
―カルビーでは近年、TCFDの開示をしました。鳥谷さんはTCFDとシナリオプランニングの双方に携わられて、違いなどは感じられましたか?
鳥谷:カルビーは 2020 年 2 月に TCFD に賛同し、2021 年の統合報告書でそのフレームワ ークに則って開示しました。 TCFD のシナリオ分析では、気候変動が自社に与えるリスク・機会について 外部の公的機関が作成したシナリオを使います。カルビーでは、気温が 2°C上昇/4°C上昇した場合の2パターンで、ばれいしょの収穫量に与える影響について分析しました。既存のシナリオを引用することで、他社が開示している内容と比較しやすいメリットがありますね。一方、シナリオプランニングではゼロから独自のシナリオを描くのでオリジナリティを出せる、そこが両者の違いだと思います。
熊谷:そうですね。TCFDでよく行われるシナリオ分析は、未来を1つに決めないという意味では、当社が行っているシナリオプランニングと同じです。ただ、TCFDでは、外部機関が作成したシナリオを用いて分析することが多いのに対し、シナリオを自社で作成する場合は、自社で使いやすいようにオーダーメイドできるところが特色です。カルビーさんの統合報告書では「TCFDフレームワークに基づく開示」のセクションにおいて、気候変動リスクに基づいて、ばれいしょに着目した原料調達の不確実性を考えておられました。ただ実際は、気候変動以外のリスクもいろいろあると思うので、自社でシナリオを作るとそれらを盛り込んで表現できます。
外部機関が作成するシナリオとのもう1つの違いは、シナリオ作成は関係者を集めてチームで行いますので、シナリオを作ること自体が学びのプロセスになることです。その点が自社でオリジナルを作ることと、用意されたシナリオで将来を考えることの違いだと思います。
鳥谷:どちらにも良さがありますよね。私は両方に関わることができたので、これからのビジネスにも活かしていきたいです。熊谷さんが言われたように、原料調達のリスクや機会は気候変動以外にもたくさんある。様々な事象をベースにシナリオを描くべきだと考えています。
多様なメンバーでシナリオを描くことで、個人のバイアスを超える
―熊谷さんは、シナリオ作成のプロセスの過程で、様々なバックグラウンドの人が参加する重要性を強調されています。その理由を教えていただけますか。
熊谷:誰にでもバイアスがあります。聞き手が考えたこともなかった将来像をシナリオとして提示しようとしても、1人で考えられることは限られています。そこで、シナリオを作る際は、ワークショップを開いて参加者の力を結集して、個人が持っているバイアスを超えることを目指します。ですからメンバーの多様性が大事で、社内でワークショップをするときも様々な部署やバックグラウンドを持った人を集めます。ワークショップではファシリテーターとして、人が何を言っても否定しないというルールを伝えています。安心安全な場にすることで、自由な発想を促すのが狙いです。同時に、誰かの発言を全員で肯定して話が終わってしまうこと(group think)も、グループワークでは避けなければなりません。意識的に違う見方を提示することを促したり、それでも良いアイデアが出てこない場合は、時に敢えて発想の方向性を限定させることもあります。それくらい色々やらないと、challengingな将来像はなかなか出てきません。
―シナリオを考えていくうえで、他にどんな難しさがありますか?
鳥谷:研修でも苦労しているのですが、グループワークで意見をまとめようとすると、抽象度が高くなりがちです。TCFD分析でばれいしょの未来を描いたときも、最初に提言したのはとても抽象的なシナリオでした。経営陣から「ばれいしょをほかの作物に置き換えても通じてしまうのではないか」と指摘されたのです。それを受けて我々も「カルビーオリジナルのシナリオが必要だ」という議論となり、大幅な改訂を経て開示に至っています。そうした経験を通じて、シナリオには具体性が必要なのだと痛感しました。
熊谷:シナリオは「未来がどのようになる可能性があるかについての物語」として書いていくので、具体性はとても大切です。物語を具体的に作り込んではじめて、聞き手もシナリオの世界観に入り込めます。challengingであることが大事ですが、実はあと2つ、有用なシナリオの条件があります。まずはplausible、つまりもっともらしさです。シナリオはchallengingでないといけないのですが、それが過ぎるととても実際に起こるとは思えない将来像になってしまいます。ここのバランスに留意します。最後はrelevantであること。つまりクライアントの関心領域にちゃんと応えているかどうか。複数のシナリオを作る際も、クライアントの関心事に沿って書き分けるのが大事なポイントです。
どの業種でも有用な“未来を見据える力”
―昨今の国際情勢から、食とエネルギーが密接に関連していることが顕在化しました。シナリオプランニングを通じて、業種の垣根を超えた学びを共有されているおふたりですが、それぞれのお立場から今後の展望をお聞かせください。
熊谷:シナリオプランニングの価値を信じていますし、今後もこの仕事を続けていきたいと思っています。今回のカルビーさんとの出会いのように、違った業種の方々と交流しながら、いろんな知見を積み上げたいですね。鳥谷さんには、研修を通じて将来を複眼的に見るというシナリオの考え方を社内に持ち帰っていただければと思っています。そうすれば、きっとカルビーさんのお役に立つ場面もあるのではないかと思います。
鳥谷:カルビー社内でも、シナリオプランニングの考え方に共感する人たちを増やすことが大事だと思います。場当たり的な対応ではなく、「先々のことを見通したときに、こういうストーリーを描けるんじゃないか、そのためにはどんな準備をすればいいか」といった意見交換が大切ですね。そして、将来像を社内の共通言語としながら、長いスパンで日本や世界の食の未来を見据えていきたいと考えています。
本日はありがとうございました。
■Calbee Report2022(統合報告書) https://www.calbee.co.jp/ir/library/report/
ファシリテート:深谷 真理奈
編集:深谷 真理奈、吉田 聡
文:及川 俊(外部)
写真:稲垣 純也(外部)