カルビーお客様相談室のファンづくり
「お客様相談室というと、クレーム対応をする部署と思う方も多いかもしれません。でもカルビーのお客様相談室が行っているのは、ファンづくりです」
商品に不具合があったとき、あるいは、疑問が生じたときの問い合わせ先となる「お客様相談室」。カルビーは“ファンづくり”の場所と考え、いろいろな取り組みをしてきました。実際、ご指摘をいただいたお客様の約97%の方から「今後もカルビーの商品を購入したい」と回答いただいております。
そんな位置づけは、お客様相談室での言葉遣いにも表れています。「クレーム」ではなく「ご指摘」とよび、対応するのは「オペレーター」ではなく「コミュニケーター」である、などなど……
ほかにも、ファンづくりのための心構えがたくさんあります。ということで、今回はお客様相談室の室長を務める遠田孝司さんと、コミュニケーターである渡邊華奈さんに取材。その舞台裏を聞きました。
遠田 孝司(とおだ たかし)
カルビー株式会社 コーポレートコミュニケーション本部 お客様相談室 室長
1991年入社。入社以来、主に支店や本社のマーケーティングスタッフに従事。2018年よりお客様相談室に配属となり、2020年より現職。
渡邊 華奈(わたなべ かな)
カルビー株式会社 コーポレートコミュニケーション本部 お客様相談室 テレコミュニケーションチーム
大学卒業後、食品容器メーカーで営業職として勤務。2018年3月カルビーに入社。メールでお客様応対するテキストコミュニケーションチームでの業務を経て、2020年秋より現職。
20名弱のメンバーはすべて社員。内製で行う意味とは
カルビー本社の一角に、お客様相談室、通称「客相(きゃくそう)」があります。メンバーは総勢20名弱で、日本全国、さらには海外からの“お申し出”にもすべて対応します。
「1日70件前後のお申し出が寄せられます。電話やメール、手紙、チャットで対応しています。電話がもっとも多いのですが、最近はメールやチャットが増えてきました」
そう話すのは、室長を務める遠田さん。客相は、コールセンターのように外注するのではなく、すべてカルビー社員で構成されています。お客様相談室は1995年に開設されましたが、内製化は2017年から。「やはり社員のほうがカルビーに対する思い入れがあり、より丁寧で誠実な対応ができると考えたんです」(遠田)。また、外部に委託すると人の入れ替わりが多くなり、「コミュニケーションが上達しても、すぐに入れ替わってしまうことがあったので」と言います。
内製化する際、その一員として入社したのが渡邊さんでした。配属されたとき、「定型文のコミュニケーションなら誰でもできる。なぜ社員が対応しているのか、その意味を考えて応対してほしい」と伝えられました。
「コミュニケーターとしてデビューするには、研修で合格点を取らないといけないのですが、私はなかなか合格できなくて。研修では、お客様のメールの文章から、意図や背景、人物像を想像する試験があり、そこで苦労してしまい……」と渡邊さんは振り返ります。
たとえば、15時頃に「お子様と一緒に食べたお菓子に黒っぽいものが入っていた」と親御さんからメールが来た場合、それが何だったのか、今後どう対応するかを考えるだけでなく、時間帯や状況から、お客様の立場になって、お子さまとのおやつの時間が台無しになったことにまで想像を膨らませなければいけません。そして返信では「必ずその点も配慮するようにしています」と渡邊さん。
なお、客相にはマニュアルはないとのこと。お客様のご指摘内容を伺いながら、人物像を描いて対応するのが基本です。
「たとえ、お申し出の内容が同じでも、その背景やお客様の置かれた状況によって不快感は異なります。だとすると、マニュアルを定めても、その対応が喜ばれることもあれば逆のパターンもある。大切なのは、一人一人のお客様としっかりコミュニケーションをとり、言葉の背後にあるお客様の気持ちを汲み取ることですので、マニュアルはありません」
お申し出いただけるだけでありがたい。だからこその「全件対応」
そんな客相が行うのは、クレーム対応ではなくファンづくり。冒頭の言葉は、遠田さんが取材で語ったひとことです。なぜ、そう考えるのでしょうか。
「商品に不具合や不満があったとき、約96%のお客様は何も言わずに、それ以降その会社の商品を買わなくなるという調査結果があります。そうだとすると、わざわざお申し出いただけるだけでもありがたいですし、その声を大切にしたいんです」
渡邊さんも「なぜお申し出いただいたのか、その気持ちを考えるようにしています」と付け加えます。
冒頭で記した言葉遣いのルールも、ファンづくりの意識から生まれたもの。たとえば「クレーム」を「ご指摘」と呼ぶのは、クレームは苦情のイメージが強いため。お客様の声は、どのような内容でも真摯に受け止め対応するものだからこそ「ご指摘」と呼びます。
また、お申し出に対応する人は「オペレーター」ではなく「コミュニケーター」。オペレーターというと「処理をする人」の印象がありますが、カルビーの客相はお客様とコミュニケーションをして、その思いや状況を読み取るのが仕事。そんな意味が込められています。言葉から意識することで「自分たちの役割を明確に線引きしています」と、遠田さんは言います。
このほかにも、ファンづくりのために心がけていることがあります。遠田さんが挙げたのは「全件対応」。どんなお申し出にもすべて対応することです。
「先ほど言ったように、ご連絡いただけるだけで喜ばしいことですし、ひとつの声も無駄にしないという意識があります」
さらに、商品の不具合に関してご指摘をいただいた場合は工場で調べて、原因や対策をまとめた報告書を作成。お客様に報告しています。文章に残すのは、その分、重い責任も生じますが「それがカルビーにとってはお客様への誠意です」と遠田さんは言います。
地域にお客様相談室員を配置。身近な声に迅速に対応
ちなみに、カルビーは本社の客相のほか、全国7支店に「地域お客様相談室」を設け、スピーディーな対応を心がけています。本社の客相は、お申し出を最初に受ける「一次受付」の役割。「ご指摘」があった場合は、不具合内容と状況を聞き、不具合品をお預りするとともに、お客様のお住まいの地域のお客様相談室員と製造工場に伝達します。そして製造工場で原因を調査し報告書を作成します。報告書の内容を最終確認するのは地域お客様相談室です。お客様のお申し出いただいた内容にお応えできているか、わかりやすい説明になっているか等お客様の立場に立って確認する必要があるからです。
「なるべくお客様の近くで対応できるよう、このような形になりました。仮に重大なご指摘をいただいたとき、地域にお客様相談室があると、よりスピーディーに対応ができるためです」(遠田)
もうひとつ、力を入れているのがお客様の声を社内に届ける仕組み。カルビーでは、お客様相談室に届いた声を毎日2、3件ピックアップし、全社に一斉メール配信。生の声を伝えるため、電話やメールの内容を加工せずに届けます。
渡邊さんはこの業務を担当していますが、毎日どんな基準で配信する声を選んでいるのでしょうか。
「新商品に対するタイムリーな感想や、社内の励みになるもの、改善につなげてほしい声など、偏りのないようにピックアップしています。この業務を始めて印象的だったのは、商品担当ではない社員から『お客様の声を聞けてうれしかった』『好評だったので私も買いに行った』といった感想が多いこと。商品に直接かかわることがない部署の方であっても、お客様とのつながりを意識する機会になればいいなと思っています」
この仕組みによって、お客様の声が商品改善につながった例もあるようです。2020年2月に発売された「シンポテト」での出来事。発売当時、「シンポテト」は、封の切り口が上部の左右にひとつずつ設けられていました。
「発売してすぐ、切り口が上部だけだと『残り少なくなったときに、袋の奥まで手を入れる必要があって手が汚れてしまう』というご意見をいただいたんです。たった1件の声でしたが、後日、全社に配信すると、『シンポテト』の担当者から『改善を検討する』と返事が来ました」
「シンポテト」の担当者はその1件の声を受けて改良に着手し、包材メーカーと共同で新パッケージを製作。お客様の声に応えた改善が2020年9月に行われました。切り口をもう一箇所増やして二段階にすることで、中身が少なくなったら2つ目の切り口(より深い位置)から開けられるように変更。なるべく手を奥まで入れなくても取り出していただけるようになりました。
▲現在の「シンポテト」はパッケージデザインが異なります
SNSでも反応を見られる時代。お客様相談室の意味とは
カルビーの客相が今の体制になった経緯には、大きな“教訓”が関係しています。2000年、カルビーのポテトチップスの袋からカナヘビ(とかげ)の死骸が見つかり、6万袋を回収。さらに2001年、「じゃがりこ」に当時未承認だった遺伝子組み換えのじゃがいもが混入しました。
これらの事案を受けて、組織の再編とともに客相のあり方も見直されました。全件対応や地域お客様相談室の配置など、「今につながる客相の基礎が作られた」と遠田さん。ちなみに、この改革を進めたのは、現社長の伊藤秀二さんでした。
そして、遠田さんが客相に来たのは4年ほど前。実は「長年の希望だった」といいます。
「以前、『カルビーサポーターズクラブ(※その後『カルサポ』と衣替えをして現在は解消)』というお客様コミュニティを立ち上げたとき、お客様と直接やりとりする喜びを経験しました。この頃、客相の隣の部屋で仕事をしていたのですが、いつもコミュニケーターの話し声が聞こえて、とても丁寧で真摯な対応が印象的でした。そこで、こういう仕事をしたいと思いました」
毎年、新入社員研修で客相を希望する人を聞くと、「あまり手が挙がらなくて落ち込んでいます(笑)」と遠田さん。「ご指摘ばかり受けて大変そうなイメージがあるかもしれません」と苦笑いしますが、「そのイメージを変えたい」とはっきり言います。
「私たちの部署は、お客様の声をしっかり受け止めて、それを社内にポジティブな提案として伝えていくのが仕事です。お客様と接して、常に生の声を聞ける社内で唯一の場所なんですよね」
ご指摘は全体の3割で、あとは「おいしかったです」という感想の声や、「どこで売っていますか」、「どうやって食べるのが良いですか」といったお問い合わせ。そういった生の声を直接聞けて「目からウロコが落ちてばかりの毎日です」と笑います。
近年はSNSで感想をつぶやくお客様も多くなりました。もちろんその声を分析するのも大事ですが、客相の声には「SNSにはない一面がある」と渡邊さんは言います。
「お客様とコミュニケーションできるので、意見をいただくだけでなく、そう思った理由や、普段食べているお菓子など、背景まで詳しく聞けるのはSNSと違う点です。ついつい聞きすぎてしまうことも多いのですが(笑)」
今の業務をする中で、渡邊さんは「カルビーの商品を好きでいてくれる方が多くて驚いた」といいます。
「本当にうれしい言葉をくださるお客様が多いので、その声を少しでも社内に届けたいです。それが社員のモチベーションになり、お客様目線につながれば」
どれだけお客様のことを考えても、それが実際のお客様の気持ちとイコールにならないケースもあります。そういったギャップを正したり、お客様目線に立ち返ったりするために「客相がある」と、遠田さんは意義を語ります。
「たとえば商品開発に携わる社員が、しばらくの間ここでお客様の声を聞いてまた開発の部署に戻るのもいいと思います。あとは本当に個人的な願望ですが、お客様の声をもとに、一から新しい商品が作れたらいいですね」
最後に、室長としての決意も口にします。
「再編をしてから、カルビーの客相の対応を多くの方に評価していただいた時代がありました。ただ、社会環境も変わり、お客様の気持ちも変わり、テクノロジーも発展しています。その中でもう一度、カルビーの客相がお客様のご要望に応えることができているのか、厳しく問い直していきたいです」
商品の感想はSNSで気軽に見られる時代ですが、実際にお客様とつながり、その思いを深く知れるところに客相の意義があります。クレームを処理する場所ではなく、お客様と接し、ファンを作る場所。これからもお客様とのコミュニケーションを続けていきます。